本格ミステリ・ベスト10 vs このミステリーがすごい! 2008年版

原書房*1 宝島社*2

昨日は『このミス2008』(宝島社)のランキングを『ミステリーが読みたい!2008年版』(早川書房) *3と比較しましたが、今日は、『本ベス2008』(原書房)と対比してみたいと思います。
以前、『容疑者Xの献身』(東野圭吾)が『このミス』と『本ベス』の両方でランキング1位をとった2006年版版について、ランキングのポイントを割り算して比較したこともありました。このときは、『交換殺人には向かない夜』(東川篤哉)、『館島』(東川篤哉)、『『ギロチン城』殺人事件』(北山猛邦)が《原本格》支持作品になりました。
今回は、昨日と同様に、独立成分分析を用いて分析してみたいと思います。
独立成分分析は、以前からランキング分析で使用している手法で、脳波の分析や音波・画像の分離などに利用されています。大雑把にいうと、「ステレオ録音されたピアノの弾き語りを、『ボーカルの声』だけの音声と『ピアノの音』だけの音声の2つに分離する」ことができるものです。
『このミス』はミステリ一般のランキング、『本ベス』は本格ミステリのランキングと、両者の視点が違います。ですから、独立成分分析器に、「右音声」として「『このミス』のポイント数列」を入れ、「左音声」として「『本ベス』のポイント数列」を入れてみれば、出力の「ボーカル声」として「本格原理主義者の好みの度合」が得られ、「ピアノ音」として「ミステリっぽいのが好きな人の好みの度合」が得られそうです。
両方のランキングに登場する17作品について分析した結果、2つのベクトルAとBが得られましたが、独立成分分析の結果には定数倍の自由度があるため、(-A)と(B)にして、数値順にソートしてみました。

 作品(-A)
1赤朽葉家の伝説4.03
2離れた家1.69
3夕陽はかえる1.22
4女王国の城0.84
5密室殺人ゲーム王手飛車取り0.73
6片眼の猿0.63
7心臓と左手0.43
8少年検閲官0.31
9天帝のはしたなき果実0.24
10遠まわりする雛0.23
11インシテミル0.22
12ソロモンの犬0.21
13Rのつく月には気をつけよう0.16
14リベルタスの寓話0.14
15収穫祭0.05
16首無の如き祟るもの-0.12
17密室キングダム-0.70
 作品(B)
1女王国の城3.87
2首無の如き祟るもの3.27
3密室キングダム1.98
4インシテミル1.64
5離れた家1.37
6赤朽葉家の伝説1.19
7密室殺人ゲーム王手飛車取り1.14
8夕陽はかえる0.92
9収穫祭0.73
10心臓と左手0.66
11リベルタスの寓話0.61
12ソロモンの犬0.44
13遠まわりする雛0.42
14片眼の猿0.42
15少年検閲官0.41
16天帝のはしたなき果実0.39
17Rのつく月には気をつけよう0.35
こうやって見ると、ベクトル(-A)は《ミステリっぽいのが好き》層ランキング、ベクトル(B)は、《本格原理主義者》層ランキングって感じがするんですが、どうでしょうか。
ここで気になるのは、《本格原理主義者》の支持は熱いけど、《ミステリっぽいのが好き》の支持はさほどでもない、という、尖った本格ミステリはどれか、ということです。これは、作品ごとに、ベクトル(-A)(B)内での順位の違いを見れば、判明しそうです。
{-A}{B}作品
6(-8)14片眼の猿
8(-7)15少年検閲官
9(-7)16天帝のはしたなき果実
3(-5)8夕陽はかえる
1(-5)6赤朽葉家の伝説
13(-4)17Rのつく月には気をつけよう
7(-3)10心臓と左手
10(-3)13遠まわりする雛
2(-3)5離れた家
5(-2)7密室殺人ゲーム王手飛車取り
12(0)12ソロモンの犬
{-A}{B}作品
17(14)3密室キングダム
16(14)2首無の如き祟るもの
11(7)4インシテミル
15(6)9収穫祭
4(3)1女王国の城
14(3)11リベルタスの寓話
これを見ればなるほど明らか。

首無の如き祟るもの (ミステリー・リーグ)密室キングダム

2つの好みベクトルで大きく順位が違う他の圧倒的な違いを見せる作品が判明しました。
《ミステリっぽいのが好き》はさほどでもないけど、《本格原理主義者》からは熱い支持を集めた、尖った本格ミステリ作品2008年版は――

これに決定!
このミステリーがすごい! vs ミステリーが読みたい!2008年版 週刊文春ミステリ・ベスト10 vs このミステリーがすごい!2008年版 容疑者Xの献身は原本格じゃない

追記 - 『離れた家』問題について

こんなご意見をいただきました(大意)。
ド本格の『離れた家』の順位が(-A)で高いのは何故でしょう。わたし、気になります
そこで、過去の例にのっとって、以下の値を使ったポイントによる割り算分析もやってみることにしました。

原本格度 = 本ミス得点/このミス得点

『本ミス』での得点が高ければ高いほど、『このミス』での得点が低ければ低いほど、「原本格度」は大きくなります。
とすると、「原本格度が高ければ高いほど、本格ファンは支持するが、一般受けはしない」という傾向になりそうなんですが、本当にそうなのか。
結果はこうなりました。以下の票では、原本格度の値で大まかにグループ分けしています。

題名著者原本格度この
密室キングダム柄刀一4.6754252
首無の如き祟るもの三津田信三3.16123389
収穫祭西澤保彦2.833085
インシテミル米澤穂信2.6571188
女王国の城有栖川有栖2.44178435
リベルタスの寓話島田荘司2.432868
Rのつく月には気をつけよう石持浅海1.951937
ソロモンの犬道尾秀介1.922446
遠まわりする雛米澤穂信1.832444
天帝のはしたなき果実古野まほろ1.742340
密室殺人ゲーム王手飛車取り歌野晶午1.6968115
心臓と左手石持浅海1.684067
少年検閲官北山猛邦1.542640
離れた家山沢晴雄1.08109118
夕陽はかえる霞流一1.017677
片眼の猿道尾秀介0.893733
赤朽葉家の伝説桜庭一樹0.2017935
原本格度でも、『密室〜』『首無〜』が、尖った本格作品になっていて、先の「順位差分析」とは同じ結果になってます。
一方、『離れた家』は、『夕陽はかえる』『片眼の猿』と一つのグループをなしています。
超大声のボーカルと小さな音しか出ないピアノを使って録音されたステレオ音源を独立成分分析した場合を考えると、綺麗に「ボーカルの声」と「ピアノの音」に分離できるわけじゃなくて、「ボーカルの声」と「ピアノとボーカルが混じった音」になってしまうことがあります。これと同じ現象が起きているのかもしれません。
『このミス』で『離れた家』に投票した本格ファンの声が大きかったために、(-A)でも順位が上になってしまった。そういう感じです。

夕陽はかえる (ハヤカワ・ミステリワールド)

こういう状況を考えると、2008年版では、「原本格度が高ければ高いほど、本格ファンは支持するが、一般受けはしない」と言い切っちゃうわけにはいかないかも。この辺りは、週刊文春のミステリランキングが発表されたら、もう一度検討し直してみたいところです。
前回の分析では『離れた家』を自分の今後の読書リストに追加しました。『離れた家』と同じグループに分類された『片眼の猿』は既読なので、今回は『夕陽はかえる』*6を追加しておこうと思います。

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