ベーコン

著:井上荒野 画:いしわためぐみ 集英社*1

物心つく前に出奔して亡くなった母の恋人 沖さんが豚を飼う山へ、わたしは2つの報せを携えて半年ぶりで向かい――表題作「ベーコン」を含む、食べることも生きること短篇集。
食にまつわるストーリーについつい惹かれてしまう私。凝りに凝った手料理を女に出すのが趣味の男を描く『デザートはあなた』(森瑤子) *2では、性欲と食欲の転換、手段と目的の転換に魅せられたり、小説の背景にすぎなかった食べ物だけが取り出された『鬼平が「うまい」と言った江戸の味』(逢坂剛北原亞以子/池波正太郎) *3では、主客転倒の妙味を味わったり。食べ物を扱った作品では、なぜかそれだけが浮き出て感じられることが良くあります。
ところが本作では、食べ物を主題にしつつも、その食べ物が話の中に沈み込む感じです。出しゃばることもなく、かといって、隠し味にもならず。食べ物そのもののインパクトある美味しさの描写があまり登場しないせいもあって、本篇が《ドーナツ》、食べ物が《ドーナツの孔》とでもいったらいいでしょうか。
戦中派の渇望でもバブル派の倒錯でもなく(作者は1961年生まれ、円高不況期が青春期かな?)、食に対するニュートラルな姿勢が印象的な作品群でした。