焼刃のにおい

著:津本陽 画:木内達朗 光文社*1

塩田で働く長右衛門(12)は、このまま浜子として短い一生を終えるよりはと、法福寺の道龍の下で柳剛流剣術を学ぶことになるが――一度も負けなかった幕末の天才剣豪の青春。
力技の鍔迫り合いよりも切っ先を触れさせることに意識を置いている点は、盲人の剣術を描写した武士の一分*2同様。鉄扇で荒くれ者を叩きのめす師匠の道龍が真剣で初めて人を斬ったのが、事実上長右衛門と同じ頃、というのに、幕末の不思議な世相が見えます。
苛酷な塩田の労働で死ぬよりも、という動機で剣の道に進み、幕府方の民兵となる長右衛門ですが、悲壮感がまったくないところが、乱世の幕末という舞台では妙にリアルです。豆腐を切るように人を斬るのに、殺伐としていない。これぞ日常。
坂本龍馬が、快男児としてではなく、舌先三寸の詐欺師的な役回りで登場。確かに龍馬ぐらいに頭が回れば、これぐらいのことはやりそう。
駿河城御前試合(南條範夫/山口貴由) *3の、どじょう丸鍋のような熱苦しい強さではなく、酢味噌さらしくじらのような淡々とした強さの一端に触れることができる一作。

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