ロリヰタ。

yomimaru2007-03-06

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無理解なスタイリストに反論する美人のモデルを見た《僕》は、ファッションとしての《ロリータ》を愛する人作家 としての叡知の限りを尽くして彼女に与し、すらりとした肢体の彼女を正しい《ロリータ》で包むのだが――小説かフィクションか、乙女のカリスマが放つ純愛小説
冒頭に滔々と述べられるナボコフのロリータ*2少女愛好としてのロリコン、ファッションとしてのロリータの違いと、それに対して言葉を尽くしても理解されないこの世の中という慨嘆が、クライマックスの大きな伏線になっています。服飾であったり、ケータイメールの絵文字であったり、作家である《僕》とモデルの彼女との間で使われる非文字的な疎通手段も効果的。
相手の中に尊敬できる何かを見つけられないと対等にならない、対等でないと友愛は始まらない、という《僕》の言葉もまた、重要な伏線。作家と芸能人の恋愛といえばペーパームーンにおやすみ(川原由美子) *3が思い出されますが、《対等》という点で、両作品は対照的。
彼女が《僕》のケータイにしかけるいたずらがコミカル。ここにも伏線が。思い返すと伏線だらけ。凄い。
こんな風に紹介してしまいましたが、前提知識なしに読むのが吉。お薦め。

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